仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)147号 判決 1961年5月22日
控訴人(被告) 飯舘村
被控訴人(原告) 高橋信房
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、
被控訴代理人が、
一、控訴人は、地方自治法第二三九条の四第一項、第二二六条第二項を引用して、本件退職手当の議決に重大な瑕疵があると主張するが、被控訴人主張の起債は、右の第二二六条に定められた地方債をいうのではなくして、同法第二二七条にいうところの一時借入金をさすものである。また、旧大舘村は、いわゆる赤字地方公共団体でなかつたから、地方財政再建特別措置法の適用はない。
二、控訴人の後記主張事実を否認する。控訴人主張の取消の議決がなされた事実はない。ただ、控訴人敗訴の本件第一審判決言渡後である昭和三五年七月一三日、その代表者である飯舘村長およびこれに同調する一部の同村議会議員が、被控訴人を困惑させる目的のもとに、右の如き議決と称する行為をなしたにすぎない。
三、仮りにそうでないとしても、控訴人の議決機関である飯舘村議会は、前の会期において有効になされた本件退職手当金支給に関する議決を後の会期において取り消すことは法律上許されないから、控訴人は、右の取消の議決を理由として本件退職手当金の支払を免れ得るものではない。また、右の取消の議決は、前記村議会が被控訴人のすでに取得した権利を剥奪することのみを目的とし同議会の議決権を濫用してなしたものであるから、無効である。
と述べ、
控訴代理人が、
一、昭和三三年二月三日の原審第一回口頭弁論における被控訴(原告)代理人の「本件退職手当金の支給は、議会の議決をもつて足り、地方自治法第二〇四条の二による条例をつくつてやらなくともよいものである。」との陳述は、控訴(被告)代理人において、旧大舘村からの引継条例綴(乙第一号証)を調べたけれども、該当条例を見出し得なかつたので、被控訴代理人に対して本件退職金支給決議の根拠条例につき釈明を求めたところ、同代理人が、これに対し退職金条例にもとづかないものであることを前提としてなしたものであるから、本件退職金の支給決議がいかなる条例にもとづかないでなされたことの自白であり、したがつて、同決議が地方自治法第二〇四条の二に違反したものであることの自白にほかならない。
二、およそ、議会の決議というものは、議案に対する単純な可否の決定に止まるものであつて、審議の際の提案者の説明ないし予定がいかようなものであつたにせよ、それは審議の経過たるに止まり、議案にして修正されない以上、可決されたところのものは、当初の議案そのものであつて、理事者の説明などの如きものは、可決の内容なるものではないのである。本件においては、「大舘村特別議員退職手当支給について」と題する議案(甲第一号証)には、大舘村、飯曾村両村の合併により特別職に属する職員が失職するので、同特別職員に対し退職手当として金二六〇万円を支給するものとする旨の概括的な記載があるに止まり、支給を受くべきものの氏名並びに受給者各人に対する個別的な支給金額を特定しておらず、かつ、右議案は、その後議会において、受給者個人別の支給額を定めるよう修正されてはおらず、議事録にもかかる記載がないから、議案にして右のとおりであり、かつ、それが修正されない以上は、これにもとづき可決されたところのものは、「特別職全員に対する退職手当金二六〇万円の支給」であつて、受給者別に支給額を特定したものとみる余地はない。そして、議案にも議事録にも記載のない内容の事項を議会が決議したものと解することは、著しい危険を包蔵するものであつて、とうてい許されない。
三、本件退職手当の支給については、起債によるものと説明され、決議された。そして、右の起債とは、昭和三一年度大舘村歳入歳出追加更正予算書(乙第一〇号証)歳入の部第一三項に「退職債二、六〇〇、〇〇〇円」と記載されているところからして、地方自治法第二二六条に定められた地方債をいうものであることが明白である。しかしながら、かかる決議は、地方財政法第五条等に違反し、地方自治法第二三九条の四第一項の規定をも無視し、特別議員に対する退職手当の支給のための起債が法律上可能なる如く虚偽の説明をしてなされたものであつて、その瑕疵は重大かつ明白であり、無効である。
四、大舘村議員の退職手当に関する条例(甲第三号証)は、普通職に属する職員の退職手当と特別職に属する職員のそれとを截然として区別し、前者については、勤続年限を基礎とし各本条に規定された計算方法によつて計算した金額を退職手当として支給すべきものとなしているのに反し、後者について(右条例第八条)は、金額の決定にはなんらの拘制はなく、すべてを議会の議決に委ねているのであるから、議会は特別議員に対しては退職手当を支給しないことをも決議し得るものであることはいうまでもない。すなわち、議会は、特別職員の退職手当については、これを支給するや否やおよび支給するとすればその額をなんらの拘制も受けずに自由に定め得るのであるから、右の退職手当金支給の議決は、民法上贈与の性質を有するものである。
五、仮りに、本件退職手当の支給決議が有効であるとしても、それは、被控訴人が、法律上退職手当として歳出するための財源としてはならない地方債をその財源となすことができる旨説明して、旧大舘村議会議員一同を欺き、同人らをしてその旨錯誤に陥らしめたうえ右の如く議決せしめたものである。そして、飯舘村村議会は、昭和三五年七月一三日開催の第四回定例会において、右の議決を詐欺によるものとして取り消したから、控訴人は、被控訴人に対し本件退職手当金を支払うべき義務はない。と述べ、
(証拠省略)…………たほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一、当裁判所は、つぎのとおり付加するほか、原審と事実の確定および法律判断を同じくするから、原判決理由の記載を引用する。これに反する乙第一一、一二号証の各記載は信用しがたい。
二、控訴人は、事実摘示一の如く、その主張の被控訴人の原審における陳述は、本件退職手当支給決議がいかなる条例にももとづかないでなされたこと、したがつて、地方自治法第二〇四条の二に違反したものであることの自白にあたると主張するが、右の被控訴人の陳述が、控訴人主張の如き釈明要求に対し、かつ、その主張の如き趣旨のものとして、なされたものであることを認めしめるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は、すでにこの点において理由がない。
三、およそ、普通地方公共団体の長が該地方公共団体の特別職員に対し退職手当を支給することにつき条例にもとづいてその議案を議会に提出することは、地方自治法第一四九条第二号によるものであり、同号にいうところの議案なるものは、文書によるとはたまた口頭によるといずれの方法をとるかは議案提出者たる地方公共団体の長の自由に決し得るところであつて、同法第一一二条の如き場合と異り、文書をもつてすることを要しないものと解するのを相当とする。
ところで、本件において、右の認定事実から判断すると、被控訴人は、当時の大館村村長として、昭和三一年九月二八日開催の同村議会において、単に便宜上および慣行上、一応文書をもつて同村特別職員(具体的にその人員、氏名は当時特定されていた。)に対し退職手当として金二六〇万円を支給すべき旨の議案を提出し、これが審議に際しては、当時の同村助役松下三郎をして被控訴人の七五万円をはじめ各人に対する支給額(右金二六〇万円の内訳)をそれぞれ具体的に口頭をもつて説明せしめて右議案における受給者別の支給額を明確ならしめ、これに対する審議を尽くしたうえで右の各支給額が可決されたものと認めるのが相当であるから、その議決手続になんらの瑕疵はなく、右各支給額は、議決の内容をなすものであつて、これにより、同村議会は、被控訴人に対する金七五万円のほか同村特別職員の各受給者別の退職手当金支給額を具体的に特定して確定したものといわなければならない。もつとも、乙第三号証(昭和三一年九月二八日の大館村議会会議録)には、前記特別職各人別に対する退職手当金支給額の記載はないが、これは右会議録の不備たるに止まり、かかる記載がないからといつて、適法になされた右の議決の効力になんらの影響を及ぼすものではないと考える。
四、ところで、控訴人は、事実摘示二の如く、本件退職手当金支給議決は無効であると主張するが、同議決が適法になされ有効であることは、前記三のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。
五、また、控訴人は、事実摘示三の如く、本件退職手当の支給議決は無効であると主張する。しかし、普通地方公共団体の経費の支出を必要とする案件についての議会の議決は、たとえそのため必要な予算上の措置が講ぜられなくとも、議決自体の効力には影響がないのであるから、仮りに、旧大館村議会が、昭和三一年度の同村歳入歳出追加更正予算案(成立に争いのない乙第一〇号証によると、本件退職手当金支給議決の日と同日の昭和三一年九月二八日に右議会に提出、審議されたことが明らかである。)に関する審議において、控訴人主張の如き説明のもとに、本件退職手当の支給は地方自治法第二二六条所定の地方債による旨議決し、かつ、そのため同議決が法令に違背して無効であり、したがつて、右の退職手当については予算措置がないことに帰着したとしても、本件退職手当支給の議決の効力には、なんらの影響を及ぼすものではないと考える。そこで、控訴人の右主張は理由がない。
六、さらに、控訴人は、事実摘示四の如く、本件退職手当金支給の議決は、民法上の贈与の性質を有すると主張する。しかし、地方公務員法上の特別職に属する公務員に対して支給される退職手当も、その者の公務員としての在職中における勤務に対する対価の一と解すべきものであつて、このことは、その退職手当が現実に右の如き実質を有する限り、当該普通地方公共団体の条例の規定の如何によつて左右されるものではない。もつとも、地方公務員法上、地方公務員は、特別職に属する者と一般職に属する者とに区別され、その給与についても、同法は、一般職に属する職員の給与は条例で定めるべき旨並びに同職員に対する給与は右の給与に関する条例にもとづいて支給しなければならない旨規定して、その根拠並びに取扱を異にしていることが明らかであるが、それだからといつて、特別職に属する地方公務員に対する退職手当の右の如き性質が否定し去られなければならないものではないと考える。そして、甲第三号証(この成立については、原判決理由記載のとおりである。)によると、旧大館村職員の退職手当に関する条例は、一般職に属する職員の退職手当と特別職に属する職員のそれとを截然と区別して規定していることが明らかであるが、これは、地方公務員法の前記規定からして極めて当然のことであり、また、右条例第八条には、「職員のうち、町村長、助役、収入役に対する退職手当の額については、第三条から第五条までの規定にかかわらず、その都度議会の議決を経て定めるものとする。」と、同第一〇条には、「第三条から第五条まで及び第八条の規定による退職手当は、左の各号の一に該当する職員には支給しない。」とそれぞれ規定されており、これも、特別職に属する職員に対する給与の一である退職手当の性質上、極めて当然の規定であるが、右の第一〇条各号に定める場合のほか特別職に属する職員に対して退職手当を支給しなくともよいという規定は全く存しない(このことも、極めて当然のことである。)。それで、控訴人の右主張は理由がない。
七、なお、控訴人は、事実摘示五の如く本件退職手当金支給に関する議決は、被控訴人が、当時の大館村村議会において、地方債は法律上退職手当として歳出するための財源となすことは許されないことを知りながら、右をその財源となすことができる旨申し向けて、同議会議員一同を欺き、同人らをしてその旨錯誤に陥らしめたうえでなさしめたものであり、飯館村村議会は、昭和三五年七月一三日開催の第四回定例会において、詐欺による議決として右の議決を取り消したから、控訴人は、被控訴人に対し本件退職手当金を支払うべき義務を負うものではないと主張するが、控訴人主張の如く右の退職手当金支給に関する議決が、被控訴人の故らなる詐欺によるものであることを認めしめるに足りる証拠はないから、このことあるを前提とする控訴人の右主張は進んで判断を加えるまでもなくすでにこの点において理由がない。もつとも、当審証人加藤宗吉の証言によつてその原本の存在並びに成立を認め得る乙第一一、一二号証(いずれも写)に、右証人の証言を総合すると、飯館村村議会は、昭和三五年七月一三日のその第四回定例会において、同議会議員二〇名中一八名出席のうえ、油座彦蔵ほか二名の同議会議員から「議案第一号、議決無効確認について」と題し「昭和三十一年九月二十八日旧大館村の議案第七八号大館村特別職員の退職手当の支給について、にかかる議決を取消す。」「提案理由、1、法律上許されぬ村債を許されるものと説明し議決されたこと。2、内容的に個人個人の受給額が決定していないこと。」なる旨記載した文書をもつて提出された議案にもとづき、前記油座彦蔵の「合併前に大館村特別職の退職手当支給を議決したのであつたが、その際の説明では、退職金に充当する額は、起債をもつて充当できるという説明であつたので了承したが、事実は起債も許可されず、さらに個人毎の支給額も明細に示さず不備な議決であつたので、我々としては、かような議決を議決したままでおくことはできないので、取消の議決をしたい。」との発言を動議として採択して、右の取消の議案を可決したことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。しかしながら、右の退職手当支給に関する議決は、受給者個人別の支給額を明確にしてなされた有効なものであること、前記のとおりであり、かかる議決にあつては、たとえそのために必要な予算上の措置が講じられなくても、また、その裏付となる予算の議決が無効であつたとしても、議決自体の効力にはなんらの影響を及ぼさないものと解すべきであるから、右の如き理由をもつてこれが取消の議決をなすことは違法であるのみならず(なお、本件記録に徴すると、右の取消の議決は、控訴人敗訴の本件第一審判決言渡後四箇月余を経過して当審係属中になされたものであることが明らかであつて、首肯するに足りる理由の認められない本件においては、右は議決権の濫用と目されるべきものである。)、原審証人松下三郎の証言によると、同人は旧大館村の助役として右の退職手当に関する議決により金九八五、〇〇〇円の支給を受けることとなり、すでに九四万円の支払を受けたことを認めることができるのであつて、かくの如く、昭和三一年九月二八日の前記村議会において有効になされ、それにもとづく支給によりその目的を達成しかつ完了する性質の本件退職手当金支給の議決を、その後約四年を経過した後の会期において受給者たる被控訴人らの意思によらずして取り消すことは、法律上許されないものというべきであるから、右の取消の議決は結局無効と解するのが相当である。
四、そうすると、被控訴人の本訴請求は理由があるから、これを認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条にしたがつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 畠沢喜一 桑原宗朝)